鍼灸の歴史を解説|鍼灸医学の誕生・伝来・発展・禁止から再評価まで
鍼灸は長い歴史を持つ伝統医療の1つです。中国で発生した鍼灸は東洋医学として体系化され、日本でも独自の発達を遂げてきました。現在は医療系国家資格としてはり師・きゅう師が存在し、医学的効用についても研究が進められている鍼灸ですが、日本では消滅の危機に陥ったことがあります。
この記事では鍼灸の誕生・日本伝来、日本での発展と消滅の危機、現代にいたる歴史の流れを解説します。今の鍼灸の技術がどのように発達してきたのか、鍼灸の社会的な立ち位置がどのように変遷してきたかを知りたい方はぜひ参考にしてください。
1.鍼灸医学の誕生と体系化:紀元前2世紀~1世紀
中国発祥の鍼灸医学は、中国の歴史とともに体系化・発展しました。
中国の歴史は非常に長く、鍼灸がいつの時代に誕生したかは明確になっていません。一説によれば入れ墨文化の中で鍼灸は誕生したとも言われています。
出典:国立研究開発法人科学技術振興機構J-STAGE「鍼灸の起源を考える」
書物などを通して確認できる歴史の上で、明確に鍼灸技術が存在したと言える最初の時代は前漢時代(紀元前206~8年)です。前漢時代の医書『足臂十一脈灸経』に、灸に関する記述が存在します。
ただし、『足臂十一脈灸経』には鍼についての記述がないため、灸法が成立した後に鍼法が成立したと考えられています。鍼法・灸法がともに記述された最初の医書は、前漢時代に編纂された『黄帝内経霊枢』『黄帝内経素問』です。2つの医書では鍼灸理論が体系化されており、現代の鍼灸技術の基礎になっています。
2.鍼灸の日本伝来と発展:6世紀~19世紀
古代中国で発達した鍼灸は、遣隋使などの中国との交流を経て日本へと伝来しました。
伝来した鍼灸術は、日本において公的な医学として根付き、日本の歴史とともに発展を遂げていきます。室町時代から江戸時代に入ってきた西洋医学の影響を受けた点も、日本鍼灸における大きな特徴です。
なお、各見出しの文章は以下の出典を参考にしています。
2-1.伝来から日本での鍼灸体系化
中国で誕生した鍼灸は、6世紀ごろに朝鮮半島を経由して日本へと伝来しました。
562年、智聡(ちそう)が中国の呉から高麗を経て来日し、『明堂図』などの医書を伝えました。『明堂図』は人体の経穴などを図解したものと言われ、記録上初めて日本に伝来した医薬書です。
623年、第三回遣隋使で隋へと渡った薬師恵日(くすしの えにち)が、隋衰退後に建国した唐より『諸病源候論』などの医書を持ち帰ります。『諸病源候論』は病気の分類を行った医学書であり、日本における医学文化の発展に大きな影響を与えました。
701年には大宝律令の医疾令により、鍼灸が公的な医学として認められました。律令制のもとに制定された宮内省典薬寮では、鍼師を養成する鍼博士という官職も設置されています。
平安時代中期の984年に丹波康頼(たんばの やすより)が『医心方』を執筆しました。『医心方』は全30巻のうち1巻が鍼灸篇となっており、日本における鍼灸施術法を体系化した医学書です。
2-2.日本国内での独自の鍼灸技術の発達
鎌倉時代は、権力の中心が貴族から武士へと移った時代です。同様に、鍼灸を含む医学の研究・提供者も宮中医官から僧医へと移り、鍼灸はより一般的な生活に根差した医療として広く活用されるようになります。
1304年に、鎌倉在住の僧医であった梶原性全(かじわら しょうぜん)が『頓医抄』を執筆しました。『頓医抄』は鍼灸をはじめとする当時の医療技術を、かな交じりの平易な文章で著した医学書です。
安土桃山時代の1574年には、曲直瀬道三(まなせ どうさん)が『啓迪集』を執筆しています。『啓迪集』は、当時最新の東洋医学であった李朱医学に、曲直瀬道三自身の経験を加えて著した医学書です。中国からの文化流入が盛んな時代であり、従来の技術に中世後期から近世の中国医術が多く取り入れられました。
江戸時代に入ると、現在でも広く用いられている管鍼法が杉山和一によって完成します。
また、華岡青洲(はなおか せいしゅう)がオランダ医学と鍼灸の双方を取り入れた医術を行うなど、鍼灸技術は日本独自の形で発展しました。
3.鍼灸の近代化と法制度の整備:19世紀~戦後
明治時代以降の日本は近代化へと進み、鍼灸にも多くの変化が訪れます。医学の中心は西洋医学となり、鍼灸は民間の補完療法といった立ち位置に落ち着きました。
さらに第二次世界大戦後にはGHQによって鍼灸は禁止の危機を迎えます。反対運動の結果、鍼灸は禁止されることなく法整備が進められ、現在の鍼灸制度が完成しました。
なお、各見出しの文章は以下の出典を参考にしています。
3-1.明治時代の医療近代化と鍼灸の国家資格化
明治時代に入ると、明治政府の近代化政策に伴い、医療についても医師免許制度の成立などで近代化が進められます。
医療の近代化とは、従来の漢方医学から、西洋医学に基づく医師を中心とした医療制度への転換です。大学に代表される西洋医学を教える教育機関の登場と、西洋医学の習得が必須となる医師免許制度の成立により、漢方医学を含む伝統医療の多くが排除されました。
しかし、鍼灸が完全に不要のものと見なされたわけではありません。急速な医療近代化を行っても医師の数は足りず、鍼灸による施術も必要とされていたためです。
また、日本では江戸時代から、鍼灸が視覚障がい者の職業として位置づけられていた歴史があります。結果、明治時代でも鍼灸は視覚障がい者への優遇措置として排除されずに残りました。
1911年には「鍼術、灸術営業取締規則」が制定され、戦前における鍼灸の国家資格化がされます。試験に合格するか、地方長官が指定した学校・講習所を卒業することで、免許鑑札の出願ができるという内容です。
3-2.GHQによる鍼灸禁止と戦後の法整備
第二次世界大戦の敗戦後、日本の鍼灸は再び廃絶の危機に立たされました。敗戦後の日本を占領統治したGHQにより、「鍼灸禁止令」が出される恐れがあったためです。
GHQは鍼灸を科学的根拠が乏しいものと見なしており、鍼灸禁止令の廃案化には鍼灸の有効性や必要性を示す必要がありました。
鍼灸の科学的根拠を示す上で、重要な役割を担った人物が石川日出鶴丸(いしかわ ひでつるまる)です。三重県立医学専門学校の校長であり、医学博士であった石川日出鶴丸は、GHQの軍政部が出した質問書に回答し、鍼灸の実技も披露しました。
さらに、当時の鍼灸界は鍼灸存続のための団体を結成し、鍼灸禁止に対する反対運動を行います。結果として鍼灸の必要性がGHQに認められ、鍼灸禁止令が出されることはありませんでした。
1947年には「あん摩、はり、きゆう、柔道整復等営業法」が成立します。受験制度や教育制度などが整備され、現在の国家資格制度としてのはり師・きゅう師が成立しました。
4.鍼灸の医学的再評価とこれから:現在
GHQによる鍼灸禁止の危機以降、鍼灸を医学的に評価する研究が活性化しました。現在はまだ医学的に厳密な証明がされていないものの、鍼灸に関する研究は現在においても発展を続けています。
腰痛や関節痛などの慢性的な疼痛に対して、鍼灸の効果が期待できるという報告がされています。慢性腰痛患者のセルフケア方法として、米国疼痛学会や米国内科学会が鍼による施術を推奨しているなど、鍼灸の医学的再評価は世界的に進められている状況です。
出典:厚生労働省『「統合医療」に係る 情報発信等推進事業』「鍼治療」
また、現在は鍼灸を利用したさまざまなサービスが登場しており、鍼灸施術のニーズは広がっています。鍼灸を専門的に扱う鍼灸院・鍼灸接骨院や病院などはもちろん、美容鍼灸・スポーツ鍼灸・高齢者向け鍼灸など、幅広い分野で鍼灸師は活躍するようになりました。
これからの鍼灸は、研究成果などを踏まえた鍼灸効果の証明を続けるとともに、社会全体に貢献できるあり方を目指すことが重要と言えます。
まとめ
鍼灸は前漢時代に体系化され、6世紀に日本へ伝来しました。平安時代に日本で独自の体系化がされた鍼灸は、武家文化の発達とともに一般的な生活に根差した医療として進化しました。江戸時代には現在でも用いられている管鍼法が完成するなど、日本国内の鍼灸は発達を続けます。
明治時代には医療の近代化に伴い漢方医学全般が排除されるものの、鍼灸は視覚障がい者への優遇措置として生き残り、大正時代には国家資格化します。
戦後、GHQにより鍼灸は廃絶の危機に立たされたものの、鍼灸の有効性や必要性が示されたことにより鍼灸は存続しました。
現在、鍼灸の医学的再評価は進んでおり、幅広い分野で鍼灸師は活躍しています。
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